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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2347号 判決

控訴人 アジコーサービス株式会社

被控訴人 友部晴吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す、右当事者間の東京地方裁判所昭和四六年(手ワ)第二、一八一号約束手形金請求事件の手形判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被接訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左記一ないし三のとおり付加するほか、原判決書事実摘示と同じであるから、これを引用する。

一、控訴会社の主張

(一)  本件各約束手形の振出が、金塚清五郎と控訴会社との共同振出の形式であること、および本件各約束手形の振出人らんにある控訴会社名下の印影が控訴会社印およびその代表者印によつて顕出されたものであることは、いずれも認める。

(二)  しかし、本件各約束手形の振出人らんになされた控訴会社の記名押印は、控訴会社を代表すべき資格を有しないものが勝手にしたものであり、しかも、これらの約束手形は、控訴会社の代表者が被控訴人に交付する意思がないのになにびとかによつて勝手に被控訴人に交付されたものであるから、控訴会社は、本件各約束手形について共同振出人としての責任はない。

(三)  仮りに、控訴会社が本件各約束手形を金塚と共同して振り出したものと認められるならば、控訴会社のこれら振出行為は、商法第二六五条の規定に違反し無効である。すなわち、本件各約束手形の共同振出行為を実質的にみれば、当時控訴会社の代表取締役であつた金塚個人の土地買入代金債務を控訴会社が連帯保証をした関係にあるといわなければならない。そうだとすると、右は、控訴会社に不利益を与えて代表取締役個人の利益をはかる利益相反行為であつて、商法第二六五条に定める取引に該当するものというべきところ、これら各約束手形の振出行為については控訴会社の取締役会の承認を得ていないのであるから、これらの振出行為は、右商法の規定に違反し無効である。ところで、被控訴人は、本件各約束手形を取得した当時、右の事情を知つていたものであり、仮りに知らなかつたとしても、知らなかつたことにつき過失があるから、控訴会社は、被控訴人に対し右振出行為の無効を主張することができるものというべきである。

二、被控訴人の主張

(一)  本件各約束手形は、控訴会社の当時の代表取締役であつた金塚が、個人および控訴会社の代表者たる資格においてそれぞれ共同振出人としての署名(記名、押印)をし、かつ直接被控訴人に交付したものである。したがつて、控訴会社は、本件各約束手形について共同振出人としての責を免れるわけにはいかない。

(二)  仮りに、本件各約束手形の共同振出行為が、控訴会社主張のとおり、連帯保証の関係にあるとしても、右は、控訴会社と取締役たる金塚との間には対立した取引行為が存在しないから商法第二六五条に定める取引には該当しない。

仮りに、これらの振出行為が右法条に定める取引に該当するとしても、被控訴人は、本件各約束手形を取得するに際して、金塚がこれらの約束手形を振り出すについて控訴会社の取締役会の承認を得ていないことを知らなかつたものであり、しかも知らなかつたことにつきなんの過失もなかつたから、控訴会社は、右振出行為の無効をもつて被控訴人に対抗することはできない。

三、証拠〈省略〉

理由

一、本件各約束手形の振出人らんに金塚清五郎と控訴会社との記名押印があつて、右両名の共同振出名義であることは当事者間に争いがない。

二、そこで、本件各約束手形は、控訴会社が訴外金塚とともに共同で振り出したものであるかどうかについて判断する。

右当事者間に争いのない事実、本件各約束手形中の振出人らんにある控訴会社代表者の印影が同代表者の印章によつて顕出されたものであることが当事者間に争いのない事実、いずれも成立に争いのない甲第四ないし第七号証、当審証人石川一雄の証言ならびに原審および当審における被控訴本人の尋問の結果を総合すると、被控訴人は、昭和四五年一二月中、訴外石川一雄とともに、同人ら各所有の土地を当時控訴会社代表取締役であつた訴外金塚清五郎に対し、代金は一括して七、五〇〇、〇〇〇円とし、同四六年四月七日、同年五月七日、同年六月七日限り各金二、五〇〇、〇〇〇円ずつ計三回の分割払いとする約で売り渡し、買主である金塚は、この支払を確保するため本件約束手形三通に右のとおり同人が当時代表取締役であつた控訴会社と共同振出名義の各記名押印をしこれを自己個人および控訴会社の代表者たる資格において本人兼石川の代理人である被控訴人に直接手渡したことが認められ、また前記各証拠によれば、被控訴人は前記売渡土地が控訴会社の社員寮建設用地になるものと聞かされていたが、真実は控訴会社と右土地売買には何の関係もなく、訴外金塚としては代金支払の確実性を示すため、求められるままに控訴会社にも右代金支払について責任を負担させるために同会社を共同振出人としたことが推察され、他に右認定を動かすのに足りる証拠はない。

右認定の事実関係によれば、本件各約束手形は控訴会社と訴外金塚とが共同してそれぞれその意思にもとづいてこれを振り出したものであつて、これらの約束手形が控訴会社の意思にもとづかないで流通におかれたものであるとの控訴会社の主張はとうてい容れられない。

三、つぎに、控訴会社の商法第二六五条違反の主張について判断する。

これまた右二、に認定の事実関係によれば、本件各約束手形の前記二者による共同振出行為は、当時控訴会社の代表取締役であつた金塚が被控訴人および訴外石川から自己個人で買い受けた土地代金支払を確保するために、控訴会社を代表して同会社にも金塚個人の右債務を負担させたのであるから、取締役である金塚に利益で、控訴会社に不利益を及ぼす行為であることは明らかであつて商法第二六五条に定める取引に該当するものというべきである。

そうだとすると、代表取締役たる金塚が控訴会社を代表して本件各約束手形を振り出すには、商法第二六五条の規定にしたがつて控訴会社の取締役会の承認を受けることを要するものというべきところ、当審における控訴会社代表者本人の尋問の結果によると、その承認を受けたことのないことが推認されるから、本件各約東手形の振出行為は、右法条に違反し無効であるというべきところ、本件にあらわれた全証拠によつても、被控訴人が本件各約束手形を取得するに際して、控訴会社がこれらの約東手形を振り出すについてその取締役会の承認を受けていないことを知つていたという事実を認めることができないし、また、そのことを知らなかつたことについて格別過失があつたことの証明もないから、控訴会社は、結局、本件各約束手形の振出行為の無効を被控訴人に主張することはできないものといわなければならない。

したがつて、控訴会社のこの点に関する主張も採用することができない。

四、ところで、被控訴人が本件各約束手形を現に所持していることは、本訴において被控訴人から本件各約束手形である甲第一ないし第三号証が提出された事実に徴して明らかである。

五、そうだとすると、控訴会社は、共同振出人として受取人である被控訴人に対し、本件各約束手形金合計七、五〇〇、〇〇〇円とこれに対する本件訴状が控訴会社に送達された翌日であることが記録上明らかな昭和四六年九月二九日から右支払ずみまでの商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務のあることが明らかであるから、この支払を求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

六、よつて、これと同旨のもとに原判決主文第一項掲記の手形判決を認可した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 唐松寛 兼子徹夫)

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